おはこんばんにちは。タイコです。
この記事は、『劣等感の取り扱い方を知る』手がかりになります。
劣等感は成長の種
結論です。『劣等感は遠ざけられても絶対に無くなる事はない。(向き合うのには勇気がいるが)認める事から始めて、より高みを目指すための可能性を秘めている種を育てていく』です。
劣等感というのは一体何者なのででしょう。どこからともなくやってきます。
かの有名な、ドイツ生まれの精神分析家であるエリク・E・エリクソンが、提唱したライフサイクル(*)の中にも劣等感というワードが使われています。
*ライフサイクルとは、『人間の一生の中で段階があり、その段階の中で経験する(すべき発達)課題がある』としたもの。
ライフサイクルの中で劣等感は、勤勉性vs劣等感とされ、学童期の発達課題とされています。
ただし、発達段階といっても、便宜上、区分けされているだけであって、人間はどうやら綺麗に分けるようにできていないようなのです(ゆえに、魂と数字という2つの視点が必要になる⬇︎)。
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つまり、発達課題といっても、その時に必ず獲得できるというわけでは無いようなのです。身体は大きくなったとしても、超えられないハードル(もしくは山)として大人になってからも持ち続けることになるのです。
もっと極端にいえば死ぬ直前になってでもその課題と向き合うことになり得ます。それぐらい人間というのは割って切るのみの都合よくできた存在では無いのです。
脇道に逸れましたが、ここで言いたかったのは、劣等感(に限らず怒りや孤独もそうですが・・)というものは無くなる事がない。つまり、人生において劣等感というものと付き合っていくことになっているという事です。
無くならないのであればどうすればいいか。
一つは、『遠ざけるよりも向き合う』ことです。向き合うためには、まず自分がそういった劣等感を認める事が必要になってきます。
勉強ができないことに対して劣等感を持っているならばまず勉強ができない自分がいることを認め、自分より早く仕事ができる人がいれば自分は作業効率が悪いところがあると認める必要があります。
これは非常に勇気が入ります。易々とできない。だから大抵の人は、劣等感を遠ざけます。
遠ざけるというのは、心理学的に考えれば、抑圧する、ともいえます。つまり、心の奥底に追いやってしまう(意識の外に追いやるわけですが、それが無くなるわけではないので、積み重なってより大きなものになります。それは劣等感だけでなくいろんな感情が渦巻いたものになります⬇︎)。
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深い劣等感ー(中略)ーよく考えながらつき合っていると、新しい努力を始める起爆力となったり、思いがけない自分の欠点に気づかせてくれたり、時には頑張りすぎを戒める警告となったり、いろいろと役立ってくれるものである。それは普段の付き合いでは何かと困らせることが多いのに、いざというときには思いがけないよい忠告を与えてくれる不思議な友人のようなものである。実際われわれは、このつき合い難い友人への友情を通じて、人を愛することを学んでゆくようである。
働き盛りの心理学 河合隼雄 氏
上記で興味深いのは、友人、としてみることを勧めていることですね。
言い換えれば、『劣等感とうまく付き合えば人生より華やかにする事ができる』ともいえそうです。パンドラの箱がそうであるように、ネガティブなモノとしてあっても、その奥底には必ず光り輝くモノが潜んでいるのです。
まとめ
まとめです。『劣等感は遠ざけられても絶対に無くなる事はない。(向き合うのには勇気がいるが)認める事から始めて、より高みを目指すための可能性を秘めている種を育てていく』という話です。
今日はここまでにします。ここまで読んでいただいてありがとうございました!!!!